監督に叱られた想い出の映画「やくざの詩」
撮影所時代 (その8)
「やくざの詩」は1960年(昭和35年)製作作品。監督は舛田利雄、撮影 藤岡粂信、照明、藤林甲、美術、佐谷晃能、音楽 黛敏郎、録音 中村敏夫、編集 辻井正則。
出演は小林旭、芦川いづみ、南田洋子、二谷英明、垂水悟郎、和田浩治。
本作品は題名に似合わず、ヒューマニズムの薫り高い名作と云えるアクション映画だ。舛田組など本来私のタッチ出来る作品ではなかったのだが、担当者の中川さんから突然手伝ってくれと頼まれて、途中からお手伝いをさせて貰った次第である。
クランク・アップを目前に控え、撮影は終盤の追い込みにかかっていた。スケジュールの都合で何と音楽ラッシュを深夜に行うことになった。確か時間は12時を回っていたと思う。
黛さんにきていただいたのは12時前、だがラッシュは遅れること約1時間、黛さんは文句も言わず、待って下さった。ところが監督の所へ時間が遅れることを伝えに行くと、いきなり雷鳴が落ちてきた。「何をもたもたやってんだ!編集部へ行って早くしろって云って来い!!」
鬼の舛田で名高い監督が、私を叱る。何と理不尽なと思ったが、監督の命令を無視する訳にはいかない。鬼舛の声はドスが効き私はビビッた。
編集部へ行き、辻井さんにその旨伝えると、温厚な辻井さんが熱くなって私に応える。
「無理言うなよ。上がってきたラッシュを全部注ぎ込めって言ったのは自分じゃねえか。どんなに急いでもかかるもんはかかるんだ。あと30分、待ってくれ」
と言われても、そのまま返事をしたのでは監督を怒らせるだけだ。
「もうすぐ出来るそうです」と伝えて私は逃げるように監督室を出た。幸い黛さんが監督の相手をしてくれていたので助かった。
サード助監督が私を慰めてくれた。「撮影が遅れてカリカリしてんだよ。余り気にするな」
私は頷いた。音楽ラッシュは午前1時半になった。深夜の所内に私のマイクの声が静寂を破るように響いた。
「舛田組、舛田組、只今から音楽ラッシュを開始します。関係者の方は至急試写室にお入り下さい」
かくして音楽ラッシュが始まった。私は黛さんと最後部のシートに腰かけ、画面を見ながら検尺する。未見の方のためにストーリーを紹介しよう。
小林旭扮する主人公滝口哲也は医師として将来を嘱望されていたが、或る日何の遺恨もないやくざに恋人を殺された。その日から哲也は狂ったようにそのやくざを捜し求めた。
哲也はピアノ弾きと称して黒沢組と抗争中の佐伯組に潜り込んだ。佐伯組に出入りする老医師、水町にはインターンの清純な娘道子(芦川いづみ)がいた。黒沢組と佐伯組の不和に乗じて相川一郎(二谷英明)という拳銃ブローカーが出入りを始めた。
昔、哲也に命を助けられた相川は、哲也が恋人を撃ったスペイン製のゲルニカの弾丸を探し求めていることを知り愕然とした。日本に三つしかないというゲルニカを弟の次郎(垂水悟郎)は持っているのだ。
次郎は兄の忠告を嘲い、哲也を狙った。哲也は腕を掠った弾が、ゲルニカの弾丸と知って小躍りした。次の夜、ゲルニカの弾丸は哲也を逸れて水町医師を殺した。娘の道子は父に取り縋って泣いた。
黒沢組が次郎を客人に迎え、佐伯組に殴り込んで来た。哲也は宿敵ゲルニカと対決、一瞬、次郎の拳銃が飛び、一郎が次郎の助命を乞うた。
次の夜の決闘を哲也に約した次郎は、情婦由美(南田洋子)を訪れる。だが、高飛びの同行を拒まれ、カッとして由美に殴りかかった。その時、不気味な音を立てて次郎の腕が折れた。それは醜い義手だった。次郎は由美を殴りつけ、哲也を求めて決闘場に向かった。
暗闇の中、次郎と哲也は対峙した。次郎の一発が哲也の首にかかったゲルニカの弾丸をはねた。復讐の呪いは解けた。銃を捨てた哲也に次郎が迫る。勝ち誇ったように哲也を狙う次郎、その時、由美を慕うチンピラの透(和田浩治)の拳銃が火を吹き。次郎は倒れた。
次郎を救おうと哲也の必死の手術が始まった。医者としての再起を賭けた手術だ。哲也の滴り落ちる汗を拭いながら助手を務める道子。時を刻む時計。手術が終わった。緊張して見守る哲也と道子。次郎の顔に赤みが差してきた。道子が歓びの声をあげた。夜明けの太陽が赤く輝き、次郎がうっすらと眼を開けた。
ラッシュを見ながら私は数日前の舛田組夜間オープンを思い出していた。たまたまその夜井田組「トップ屋取材帖 悪魔のためいき」のFDB中で、オープンセットを覗きに行ったのだった。いづみちゃんが佐伯組の建物に入って行くシーンだ。真冬の1月の深夜とあって凍るような寒さだ。出番待ちのいづみちゃんはガタガタ震えていた。ドラム缶に火は入っていても風が刺す様な冷たさだ。
私は傍へ寄って、声をかけた。
「風邪を引かないように気をつけて下さいよ」
「有難う、大丈夫よ」
いづみちゃんはそう答えてにっこり笑顔を向けてくれた。
音楽ラッシュが終わったのは午前3時近かった。私は黛先生に謝った。
「遅くまで済みませんでした。お疲れになりましたでしょう」
「大変だよね、舛田組の仕事は。神経使うだろ」
黛先生は、そう答えて下さった。
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黛敏郎の世界
音楽ダビングの日は本来の担当の中川さんがやってくれたので私はお手伝いするだけだった。終わって、旭さんの主題歌のはめ込みだ。ダビングで録ったカラオケに歌を乗せるのだ。
間近で旭さんの歌を聞くのは初めてだ。頭のてっ辺から出るような甲高い独特の声。私は何時の間にか聞きほれていた。家路を辿りながら、「やくざの詩」を歌っている自分に気付いて思わず笑みがこぼれた想い出も懐かしい。
これは漫画の「ブラック・ジャック」を思わせるような映画である。
初号試写の評判は良かった。ヒューマニズム溢れる作品になったようである。自分のタッチした作品の評判がいいと本当に嬉しいものだ。
確かこの年、1960年の9月か12月だったと思う。音楽事務とエキストラ業務が統合されて東京芸能株式会社が設立されたと思う。社長は日活撮影所の宣伝課長だった小宮正雄さん、従業員には隅田さん、鈴木さん、吉永さん、それに私がいた。東京芸能は後に日活芸能と社名を変更したようだ。
当時、シナリオライターを志していた私はペンネームとして大西彬夫(あきお)や理也(まさや)などを使っていた。
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