いざ 日活撮影所へ GO!! 撮影所時代
第6景 撮影所時代 (その1)
3月中旬、私は希望に燃えて日活撮影所の門をくぐった。山崎組の音楽ラッシュは午後2時からでラッシュの後、音楽打ち合わせの予定が組まれていた。題名は『JA750号機行方不明』、監督はこれが昇進第一作である山崎徳次郎、編集は鈴木晄、録音八木多木之助、音楽奥村一、主演は待田京介と稲垣美穂子。上映時間は約1時間、この手の作品はSP(ショート・ピクチャー)と呼ばれ、長編物の添え物作品に位置付けされていた。
作曲家の奥村さんがやって来ると、早速Miyaさんが紹介してくれた。
「ヒーコー行きませんか、ヒーコー」いきなり奥村さんに云われて私は面食らった。
「コーヒーのことだよ。楽隊屋の言葉を早くマスターしろよな。」
Miyaさんが私の背中をどつきながら云った。バンドマンの使う言葉は逆さ言葉だ。飯に行くことをシーメに行こうと云ったり、女性のことをナオンちゃんと云う。
三人揃って食堂に行き、歓談していると録音技師の八木さんが同席した。眼鏡をかけた温厚そうな人である。2時前になるとMiyaさんが云った。
「大西君、悪いけどマイクで放送して来てくれ。只今から音楽ラッシュを始めます、関係者の皆様は試写室にお入り下さいって。マイクの場所は電話交換室の横だ。二回繰り返して放送するんだぜ。」
私は大急ぎでマイクの前に行き、放送した。
試写室に入るとMiyaさんと奥村さんは最後部の席に座っていた。小机が置いてあり、手元を照らす電気が点くようになっている。Miyaさんは台本を開いてストップウォッチを置き、早くもスタンバイの構えだ。
「お前、中々いい声してるな、惚れ惚れするぜ。これからずっと放送のときは頼んだぜ。」Miyaさんが笑いながら声を掛けてくれた。スタッフが続々と入って来る。最後にプロデューサーの芦田さんが入ると映写が始まった。
ラッシュを見るのは新鮮だった。音楽は勿論、効果音も入っていない。監督が時々編集の鈴木さんに相談している。待田京介の役は新聞記者、それも特ダネばかりを狙っている記者で、永井智雄の先輩記者に注意される。だが、云うことを聞こうとせず、反抗的な態度を見せ、恋仲である永井の娘(稲垣)とも険悪になる。
そんな時、山中で飛行機が墜落し行方不明になったという噂を耳にし、これは特ダネになるとばかり待田はオートバイを素っ飛ばして行く。雪渓を歩きながら飛行機を探していた待田は岩陰に永井の姿を見かける。二人は競い合うように探し歩いた。焦った待田は雪に足を取られて谷底へ転落、気を失う。やがて彼は懸命に介抱してくれる永井に気付く。両脚骨折の重傷だ。永井は『行方不明機発見』の紙切れを鳩に持たせて空へ放った。そして救援隊が到着、担架に乗せられた待田に永井は現場写真と記事をそっと握らせ、「これは君の手で発表してくれ」と云うのだった・・・。
待田京介は目に特徴がある精悍な役者と思った。一方の稲垣美穂子は清純派女優として売り出した女優さんだが、さすがにその美しさは光っていた。
音楽ラッシュが終わり、場所を監督室に移して音楽打合せが始まった。監督の山崎さんは小太りで黒いサングラスをかけた人だ。後はチーフ助監督の中島さん、編集の鈴木さん、録音の八木さん、記録の女性、それに奥村さん、Miyaさん、私の三人だ。
最初の日活マークからタイトル終わりまでがM-1,次がM-2という具合にエンディングまで台本に印しを付けていく。全部でM-25位だったと思う。一時間ほどで打合せは終わった。3日後にオールラッシュ、1日空けて音楽ダビング(MDB)、翌日はフィルムダビング(FDB)である。これから忙しくなるな、と私は思った。
音楽ダビング(MDB)の日が来た。私はMiyaさんから午前8時前に渋谷東映前に来るように厳命されていた。渋谷の宮益坂の辺りに渋谷東映はあった。10分前に行くと、もう日活バスが止まっていた。そこはバスを停めておくには丁度よいところだなと私は思った。バスの横にMiyaさんが立っている。
「次からこの役は君の仕事だぜ、俺は途中で乗っけて貰うことにするよ。」
とMiyaさんは私の顔を見るや云った。バンドの人たちが楽器を抱えて次々にバスに乗り込む。「メンバーが集まったら、すぐにバスを出すんだ。遅くとも8時15分には発車させろ。9時の開始に間に合わなくなるからな。時は金なりだよ。」Miyaさんは云った。
8時15分きっかりバスは発車した。三軒茶屋を抜け、東宝撮影所前の道から和泉多摩川へ、そこから多摩川沿いに走って日活撮影所のダビングルーム前に着いた。9時5分前である。
「大西君、早くマイクするんだ。山崎組、只今から音楽ダビングを開始しますって。」
私はマイクの前に走って行った。
ダビングルームに入ると、左が録音部さんの部屋、右がテープの管理室、奥まった通路中央には分厚い防音扉があり、扉を開けると楽器の音がこぼれ出して来た。バンドの人たちは椅子に坐り、音合わせに余念がない。大きなガラス窓の向こう(通称金魚鉢)には監督はじめスタッフがソファに腰を下ろし、録音技師の八木さんは機械の調整をしている。奥村さんが一段高い指揮台の上に立ち、譜面を調べている。
「M-1、テスト始めます!」
とMiyaさんが叫ぶと音が静まった。奥村さんが指揮棒を構え、静かに振り下ろすと樂の音が部屋いっぱいに拡がって行く。録音のチーフがマイクの位置を調整している。タイトルバックの音楽だ。私は初めて見る録音風景に陶然としていた。
「M-1、本番行きます!映写部さん、スタート!」
Miyaさんの声が高く響いた。指揮台の横手に置かれたシネスコスクリーンに画が映りだす。リーダーの部分にパンチが打たれている。1,2,3、で奥村さんが指揮棒を振り下ろすと、音楽と画面がぴったりシンクロして流れはじめる。タイトルが終わると同時に曲も終わった。八木さんが手で○を作る。
「OKです。続いてM-2、行きます。」
緊張が解け、しばしのざわめきがする。こうして昼までにM10まで録り終えた。
「大西君、製作主任さんに人数分だけ食券を貰って来てくれ。」
Miyaさんに云われた私は製作部へ行き、製作主任さんから食券を受け取りダビングルームへ戻った。そしてそれをメンバーに一人ずつ手渡す。中には手を振っていらないという人もいる。結局5人ほど受け取らなかった。
「余りは貰っておきな。返さなくっていいから、役得だよ。」
Miyaさんが云うので私は財布の中へ大事にしまいこんだ。これで食費が何日か助かる、そう思うと私は嬉しかった。
今日来た楽士の中に桧山さんと言う中年のドラマーがいた。「これからいろいろ世話になる人だから、紹介しとくわ。」Miyaさんは桧山さんを引き合わせてくれた。「人集めで困ることがあったら、何時でも云うといで。相談に乗るよ。」
ニコニコ顔で桧山さんは応えてくれた。
「よろしくお願いします」と私は頭を下げた。
午後1時、音楽ダビングが再開された。三時の休憩を挟んで夕方までには予定通り終了した。
楽士さんたちの賃金は時間給で計算され、帰りに一人ずつ手渡される。4時頃になると斉藤さんという人が奥まった部屋でお金を皆の名前を書いた封筒にそれぞれ詰めているのを私は見ていた。楽士さんたちが楽器を手に送りのバスに乗り込み発車するのを見届け、私はMiyaさん、奥村さんと食堂でゆっくりコーヒーを飲んだ。何もしないで見ていただけなのに、私は心地よい疲れに浸っていた。
「どうだった?初めてのダビングは・・・・・感無量って顔だな。」
Imado先輩が笑いながら声を掛けてくれた。
翌朝午前9時からフィルムダビング(FDB)だ。私とMiyaさんは音楽監督の代わりに最後まで付き合わなくてはならない。全部で10ロールほどで、1ロールごとにセリフ、音楽、効果音がミックスされる。監督と八木さんが話し合いながら、テストを繰り返す。開始からほぼ1時間経ってようやく「本番!」の声がかかった。午前中3ロール、午後はピッチが上がり夕方までに8ロールまで進んだ。
夕食後、残りの2ロールである。山崎さんは粘り強くテストする。最後のロールが始まったのは8時を回っていた。クライマックスからエンディングまでのロールである。監督は飽きるほどテストを繰り返す。「OK、お疲れさん。」の声が出たのは10時に近かった。長かった1日がやっと終了した。後は明後日の完成試写を待つだけとなった。
完成試写は初号試写とも云う。初号試写の前に監督はじめ主なスタッフが五反田の現像所で見るのがゼロ号試写で、プリントの焼具合の最終チェックをするのだ。
そして初号試写の日が来た。本社から江守専務がやって来て撮影所長、製作部長、企画部長、宣伝部長、監督、プロデューサー、スタッフ、俳優さんらと試写を見る。終わると所長室で約30分間専務の講評がある。良ければ出てきた時の監督や撮影技師、美術監督、録音技師、照明技師の顔を見ていれば分かるという寸法だ。どうやら山崎監督は合格点を貰ったようだった。かくして私のタッチした最初の作品はつつがなく封切館へと送り出されたのである。
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中平組一行は浪速区日本橋の電気街の一角にある旅館に泊まりこんだ。そして、早速活動開始だ。製作進行の仕事は忙しい。早朝6時には起床し活動に備えなければならない。その日の予定表を睨んで、手落ちの無いように準備する。西成署へ道路使用許可証を貰いに何度通ったか分からない。














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